2013年8月25日日曜日

恵みの襷をつなぐ ヨシュア記4章1節~8節

 先日、五年に一回のプログラム、日本長老教会の全国修養会が行われました。私たちの属している日本長老教会は、二つのグループが合同しまして今の状態にありますが、今年は合同二十年目。全国修養会も二十周年記念として開催されました。
四日市キリスト教会から約四十名の参加。準備委員の方から、遠方なのに多くの方が参加して下さったと感謝が伝えられました。修養会のテーマソングは、四日市教会員の作詞、作曲。子どもプログラムでは、アワナクラブの奉仕。ゴスペルクワイヤの分科会でのリードや演奏など、様々なところで四日市キリスト教会員の活躍があり、私としては非常に嬉しい時となりました。講師の先生方の話や、久しぶりに会う人、初めて出会う人との交わりも良いものでした。五年後の修養会には、更に多くの人と参加出来ればと願います。
その全国修養会のテーマが「恵みの襷をつなぐ」でした。「恵みの襷をつなぐ」。頂いた恵みを、次の世代へ。神様から頂いた恵みを自分だけのものとするのではなく、次の世代へと引き継いでいく。信仰継承がテーマ。

受けた恵みを引き継ぐ。信仰を継承するというのは、教会にとって非常に重要なテーマです。受けた恵みを次の世代に伝えるようにとは、聖書が度々教えていることですし、それが上手くいかない教会は不幸です。私たちの願うところは、キリストがもう一度来られるまでの間、信仰が継承され、この地に聖書的な教会が立ち続けることです。
「恵みの襷をつなぐ」というのは、全国修養会で扱うのに良いテーマであると思うのと同時に、四日市キリスト教会においても重要なテーマであり、一度、四日市キリスト教会の皆さまとともに、このテーマで聖書から考えたいと思い、今日は説教題を「恵みの襷をつなぐ」としました。
私たちは、受けた恵みを引き継ごうとしているでしょうか。信仰を継承しようとしているでしょうか。そもそも、具体的に何をすることが、恵みの襷をつなぐことなのでしょうか。聖書の中には「恵みの襷をつなぐ」ように教えられている箇所。「恵みの襷がつながれた」場面が、色々とあると思いますが、今日はその中の一つに注目したいと思います。神の民イスラエルが、神様が与えると約束していたカナンの地に突入する場面。

 ヨシュア記4章1節
「民がすべてヨルダン川を渡り終わったとき、主はヨシュアに告げて仰せられた。」

 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、この箇所の背景を少し説明いたします。全人類の中で、神様と特別な関係にあった、イスラエル民族。神様はイスラエルに対して、カナンの地(現在のパレスチナ地方)を所有地として与えると約束していました。
その約束が実現にむかうのは、モーセの時代。当時エジプトで奴隷だったイスラエル民族が、指導者モーセによって導かれカナンの地に向かいます。エジプトからカナンの地まで、紆余曲折ありますが、カナンの地の直前でモーセは死に、次の指導者として立てられるのがヨシュア。このヨシュアのもと、イスラエルの民がカナンの地に入る場面。
ここで「民がすべてヨルダン川を渡ったとき」とありますが、これがついに、イスラエルの民がカナンの地に入った場面。記念すべき第一歩でした。

 ところで、四章から読み始めますと、「民がすべてヨルダン川を渡ったとき」と簡単に書いてあるように感じますが、これは一大事件。そもそもイスラエルの民がカナンの地に入る際、大きな障害となったのがヨルダン川です。大軍でヨルダン川を渡るのは不可能と思われるところ。どのようにしてヨルダン川を渡ったのかといえば、それが三章に記されていました。

ヨシュア記3章11節、13節
「見よ。全地の主の契約の箱が、あなたがたの先頭に立って、ヨルダン川を渡ろうとしている。・・・全地の主である主の箱をかつぐ祭司たちの足の裏が、ヨルダン川の水の中にとどまると、ヨルダン川の水は、上から流れ下って来る水がせきとめられ、せきをなして立つようになる。」

 神様のご臨在を示す契約の箱を先頭にして川に入る。すると川がせきとめられるという約束でした。興味深いのは、せきとめられたら、川を渡りなさいではない。まず川に入る。すると、せきとめられると言う約束なのです。神様の約束を信じるかどうか、試された場面でもあります。

この約束を信じて、その通りにした時、どうなったのか。
ヨシュア記3章15節~16節
「箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、――ヨルダン川は刈り入れの間中、岸いっぱいにあふれるのだが――上から流れ下る水はつっ立って、はるかかなたのツァレタンのそばにある町アダムのところで、せきをなして立ち、アラバの海、すなわち塩の海のほうに流れ下る水は完全にせきとめられた。民はエリコに面するところを渡った。」

 この地方の気候は雨季と乾季がはっきりと分かれています。ヨルダン川のこの場所は、乾季で川幅三十メートル。雨季になると、川は広くなり深さも勢いも増す。川といって天白川ではないのです。雨季のヨルダン川がせきとめられた。
川がせきとめられる。これが起こると、流れてくる水は、そそり立つことになります。滝の反対、上へ上へと水が登る場面。イスラエルの民がヨルダン川を渡ったのは、エリコに面するところ。川がせきとめられたのは、アダムという町。これは、エリコから北に約三十キロメートル離れたところと考えられていますので、せきとめられた水が天を衝いて上る様が、三十キロメートル離れたところでも確認出来たのでしょう。際立った奇跡。印象的、劇的な場面。
想像出来るでしょうか。この時、この場にいたのは、エジプトを脱出した際には未成人か、荒野で生まれた者たち。これまでの人生の多くを、流浪の民として生きてきました。神様はカナンの地を与えると約束して下さいましたが、攻め上るどころか、川を渡ることも出来ない。溢れかえるヨルダン川を前に途方に暮れるしかない状況。
しかしここで、神様の言われた通りにする。契約の箱を先頭に川に入ると、溢れかえっていた川が、みるみる渇いていき、遥か川の北上ではせきとめられた水が立ち上って行く様が見えたのです。自分がこの場所にいたとしたら、目の前の川が渇き、せきとめられ上り立つ川を見た時にどのように感じるでしょうか。興奮、感動、感謝、喜びの場面。この場所にいたかったと思う、一つの場面です。

 話を四章に戻します。「民がすべてヨルダン川を渡り終わったとき」とありますが、これはつまり、イスラエルの民が大きな恵みを頂いたときです。約束の地に入ることが出来た。それも、大奇跡を通して導かれた場面。この時、イスラエルの民は、一つのことをします。

 ヨシュア記4章4節~8節
「そこで、ヨシュアはイスラエルの人々の中から、部族ごとにひとりずつ、あらかじめ用意しておいた十二人の者を召し出した。ヨシュアは彼らに言った。「ヨルダン川の真中の、あなたがたの神、主の箱の前に渡って行って、イスラエルの子らの部族の数に合うように、各自、石一つずつを背負って来なさい。それがあなたがたの間で、しるしとなるためである。後になって、あなたがたの子どもたちが、『これらの石はあなたがたにとってどういうものなのですか。』と聞いたなら、あなたがたは彼らに言わなければならない。『ヨルダン川の水は、主の契約の箱の前でせきとめられた。箱がヨルダン川を渡るとき、ヨルダン川の水がせきとめられた。これらの石は永久にイスラエル人の記念なのだ。』」イスラエルの人々は、ヨシュアが命じたとおりにした。主がヨシュアに告げたとおり、イスラエルの子らの部族の数に合うように、ヨルダン川の真中から十二の石を取り、それを宿営地に運び、そこに据えた。」

 大きな恵みが与えられた場面。この時、ヨシュアが指示したことは、川の中にあった石をとって来ることでした。その石は背負うように言われていますので、それなりの大きさでしょう。何故、石をとって来るのか。二つの理由が語られています。
 一つは、「あなたがたの間で、しるしとなるため」でした。この時感じた興奮、感動、感謝、喜びを忘れないように。神様から大きな恵みを頂いたことを忘れないため、この石をしるしとするようにとの指示でした。
 これ程の大奇跡。これ程の大きな恵み。しるしなどなくても、忘れるわけがないと思うでしょうか。ところがそうも言えない。恵みに対する私たちの心は、ザルと言って良いでしょうか。すぐに忘れてしまう。そこで、この石を見る度に、神様の恵みを思い出すようにとの指示でした。
 石をとってきたもう一つの理由。それは、この恵みを経験した者たちだけでなく、その子どもたちにも、恵みを伝えるために。神様がどのような恵みを下さったのか、伝える物として、この石を用いるように。恵みの襷をつなぐ、信仰を継承するための、記念の品でした。

 恵みを忘れないように。受けた恵みを次の世代に受け継ぐようにというのは、これはヨシュアの考えたことではなく、神様が命じたことでした。
 ヨシュア記4章2節~3節
「民の中から十二人、部族ごとにひとりずつを選び出し、彼らに命じて言え。『ヨルダン川の真中で、祭司たちの足が堅く立ったその所から十二の石を取り、それを持って来て、あなたがたが今夜泊まる宿営地にそれを据えよ。』」

 大きな恵みが与えられた時、イスラエルの民がしたことは、自分たちが恵みを忘れないように。また、その恵みを子どもたちに伝えるように取り組んだのです。恵みを忘れない。その恵みを次の世代に伝える。これが、神様が神の民に命じていることであり、恵みの襷をつなぐということでしょう。
神様から与えられた恵みを忘れない。その恵みを伝えていく。この場面は、恵みの襷をつなぐ具体的な取り組みとして、記念の品が用意されました。それ以外にも、恵みの襷をつなぐ方法は色々とあると思いますが、何にしろ、私たちが取り組みたいのは、与えられた恵みを忘れないこと。そして、その恵みを次の世代に伝えていくことです。
 私たちは、頂いた恵みを忘れないように。自分が頂いた恵みを、次の世代に伝えるように、取り組んできたでしょうか。

 頂いた恵みを忘れないように。次の世代に伝えるようにと記念のものを用意したのは、この時だけではありませんでした。例えばヤコブ。心細く、逃亡中のヤコブが、神様からの語りかけを聞いた時。次のように記録されています。
 創世記28章16節~19節
「ヤコブは眠りからさめて、『まことに主がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった。』と言った。彼は恐れおののいて、また言った。『この場所は、なんとおそれおおいことだろう。こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。』翌朝早く、ヤコブは自分が枕にした石を取り、それを石の柱として立て、その上に油をそそいだ。そして、その場所の名をベテルと呼んだ。しかし、その町の名は、以前はルズであった。」

 ヤコブは神様の恵みを覚えた時、石の柱を作りました。記念の品を用意し、恵みを忘れないようにと。また、その地名をベテル、神の家と呼ぶことにし、実際にヤコブの子どもたちは、この地をベテルと呼びます。こうして次の世代に恵みを伝えることに取り組んだのです。

 あるいはサムエル。宿敵ペリシテ人との戦いに勝利した際、石を置いて神様の恵みを覚えるように取り組みました。
 Ⅰサムエル記7章11節~13節
「イスラエルの人々は、ミツパから出て、ペリシテ人を追い、彼らを打って、ベテ・カルの下にまで行った。そこでサムエルは一つの石を取り、それをミツパとシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、『ここまで主が私たちを助けてくださった。』と言った。こうしてペリシテ人は征服され、二度とイスラエルの領内に、はいって来なかった。サムエルの生きている間、主の手がペリシテ人を防いでいた。」

 サムエルは、ミツパとシェンの間に石を置き、エベン・エゼル、助けの石と名付けました。ここまで神様が助けて下さったと。この場所は、これより少し前に、ペリシテ人に大敗した土地でした(Ⅰサムエル記4章)。失敗、屈辱の土地。そこに、神様が助けて下さった記念の品を置き、エベン・エゼルと名付け、これもまたこの地の名となる。失敗、屈辱の地が、恵みの地として覚えられるようになる。恵みを忘れず、また次の世代に恵みを伝える取り組みが、この場面でもなされているのです。

 神様から頂いた恵みを忘れないように。その恵みを次の世代に引き継ぐように。恵みの襷をつなぐように。これは、聖書で度々教えられていることであり、神の民が取り組んできたことです。
 私たちはこれまで、どのように恵みの襷をつないできたでしょうか。そして、これから、どのように恵みの襷をつなぐでしょうか。神様から頂いた恵みを忘れない。その恵みを次の世代に引き継いでいくことを、私たち皆で真剣に取り組みたいと思います。

 この一週間、私は四日市教会の高校生四名、青年二名、私含めて計七名で、夏期伝道というプログラムに取り組みました。五日間、教会で寝泊まりしながら、皆で教会に仕える経験を味う。もともとは、日本長老教会の他の教会に行き、奉仕をすることに取り組むプログラムですが、今年の夏は四日市キリスト教会で活動となりました。教会のために奉仕をすることも色々と取り組みましたが、奉仕をするだけでなく、教会のことを知ることにも取り組みました。ヨシュアやヤコブ、サムエルが記念の品を残して、その恵みを次の世代に伝えたことを確認し、私たちも信仰の先輩方が味わった恵みを再確認しようと考えました。いわば、恵みの襷を受け取りたいと考えたのです。
 四日市キリスト教会の記念碑は何か。どのようにしたら、信仰の先輩方が受けた恵みを、私たちも知ることが出来るか、夏期伝道に参加した高校生、青年と話し合いました。その結果、教会の記念誌を読むこと。教会員の方に証を聞くこと。自分の両親の救いの証を読む。四日市キリスト教会の最初の礼拝堂となった伊藤勢都子姉宅に行く。教会の墓地に行くこと、などに取り組みました。
 これらのことに取り組んで、よく分かったことの一つは、四日市キリスト教会は本当に多くの恵みを受けた教会。奇跡的な歩みをしてきた教会。多くの信仰の先輩方がなんとか良い教会を建て上げたいと取り組んだ教会であるということです。
 教会の墓地に行き、先輩方の名前を見た後で、ある高校生が言ったことは、これまで多くの先輩方が教会を支えて下さった。今度は僕が教会を支えたい。やがて、このお墓に名前を連ねたいという感想でした。恵みの襷がつながれるのを、目の当たりにした場面でした。

 自分一人の人生を振り返った時、確かに神様は恵みを下さる方。私たちに良くして下さる方であると感じます。しかし、教会の歴史を振り返り、証を読み、記念碑に触れる時、神様は恵みを下さる方、私たちに良くして下さる方なのだという思いは、何倍にも膨れ上がりました。恵みの襷がつながれるというのは、私たちにとって、大きな喜びなのです。
 最後にもう一度お勧めいたします。聖書が度々教えていること。神様が私たちに命じていることの一つは、恵みを忘れないこと。そして、恵みを次の世代に伝えていくことです。具体的な方法は色々あると思いますが、私たちは皆で、恵みの襷をつなぐことに取り組みたいと思います。

モーセの最晩年。遺言説教の一節。イスラエルの民に、神様と共に歩んだ人生を忘れないように。また、そのことを子どもや孫に伝えるようにと語った言葉を、皆さまと共にお読みして終わりたいと思います。今日の聖句です。

 申命記4章9節

「ただ、あなたは、ひたすら慎み、用心深くありなさい。あなたが自分の目で見たことを忘れず、一生の間、それらがあなたの心から離れることのないようにしなさい。あなたはそれらを、あなたの子どもや孫たちに知らせなさい。」

2013年8月18日日曜日

ヨハネの福音書(24)ヨハネ8:1~11「キリストに赦された者として生きる」

 星野富弘さんにこの様な詩があります。「鏡に映る顔を見ながら思った。もう悪口を言うのはやめよう。私の口からでたことばをいちばん近くで聞くのは、私の耳なのだから。」
 星野さんは「自分は細かいことに口うるさいタイプなので、自分のような男と結婚するお嫁さんは何日辛抱できるだろうと思っていた。そういう私と承知の上で結婚したのだから、忍耐強い妻も始めの頃は随分疲れたらしい」と書いています。ですから、「もう悪口を言うのはやめよう」と思った相手のひとりは奥さんかも知れません。
 私たちがある人に対して悪口を言う、責めるというのはどういう事なのでしょうか。それは相手のことば、態度、あるいは存在を赦せないと感じている状態です。
 「鏡に映る顔を見ながら思った。もう悪口を、人を責める言葉を言うのはやめよう。私の口からでたことばをいちばん近くで聞くのは、私の耳なのだから。」察するに、星野さんは身近な人のことば、態度、存在に腹を立て、赦せないと感じている。そんな自分が嫌で悩みつつこれを書いたのではと思われます。
私自身は共感するところ大です。皆さまは如何でしょうか。
 ある心理学者が書いていました。「人生の中で最も大きなストレスは突き詰めて言うと、赦せないと言う苦しみと赦されていないと言う苦しみの二種類ではないか」と。
夫婦、親子、職場の同僚に学校の仲間、地域の隣人、そして教会の兄弟姉妹の関係。考えてみれば「赦すこと」「赦されること」は誰の人生にとっても大きな課題。今日は、聖書の視点から「赦すこと」「赦されること」の意味を考えてみたいと思います。
 さて、時は紀元30年頃秋もたけなわ。ユダヤの都エルサレムでは仮庵の祭が盛大に祝われていました。ガリラヤから上って来られたイエス様が、都の中心に立つ宮、神殿で人々を教えていたところです。
 そこに、かねてイエス様の存在を妬み、隙あらば亡き者にしようとたくらんでいたユダヤ教の指導者律法学者とパリサイ人がひとりの女を連れて登場します。

 8:13「イエスはオリーブ山に行かれた。そして、朝早く、イエスはもう一度宮にはいられた。民衆はみな、みもとに寄って来た。イエスはすわって、彼らに教え始められた。すると、律法学者とパリサイ人が、姦淫の場で捕えられたひとりの女を連れて来て、真中に置いた。」

 仮庵の祭で賑わう都。中でも宮の庭は、有名なイエス・キリストの教えを聴けるというので、朝早くから人々でごった返していたことでしょう。そこへ何と姦淫の現場で捕らえられた女が連れて来られ、真ん中に置かれたと言うのです。
 思っても見なかった光景に息を呑む群衆。やがて女を指さし、互いに目配せをして、「一体これはどうなるのか」とひそひそ話す人々。そんな場面が頭に浮かんできます。
 そこに響き渡ったのが女を糾弾し、合わせて「あなたはこの事態をどう収拾しますか」と問う宗教指導者の声でした。

 8:46「イエスに言った。「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。」

 姦淫の現場というなら相手の男はどうしたのか。ふたりの当事者のうち女だけを、それも群衆の真中に置き人目にさらしてまでも、イエス様の判断を仰ぎたいという律法学者にパリサイ人。この熱心ないや強引な行動の裏には、「イエスを告発する理由を得るため」という卑劣な魂胆が隠されていたのです。
 その頃ユダヤの国はローマに支配されていました。ユダヤ人は石打すなわち死刑など重要な事柄を自分たちの法律に従って執行することは許されていない時代です。
 ですからこの場面、もしイエス様が「律法に従い石打」と言うなら、彼らは「あなたはローマに反抗するのか」と告発し、逆に「石打はできない」と答えるなら、「律法を守らぬ者、宗教の教師失格」と告発する。右を選んでも左を選んでも、イエス様が穴に落ちるよう仕組まれた罠でした。
 そんな彼らにイエス様は背を向け、身をかがめて指で地面に何かを書くポーズを取られたとあります。「あなたがたのしていることが本当に天の神の前に正しいことなのか。よく考えてみよ。」との思いを込めた無言の叱責でした。
 卑しい魂胆のために、哀れひとりの女を辱める。それでいながら、自分たちはどこまでも罪人を糺そうとする正義の味方、神とその律法に忠実な指導者と思い込んで恥じることのない実は偽善者たち。「自分こそ正義の味方と思う人ほど手に負えない存在はない」と言われますが、昔も今もこういう人が存在するのが世間というもののようです。
しかし、イエス様の折角の配慮も「豚に真珠」。今まで全くイエス様を捕らえる機会を見いだせなかった指導者達は「このチャンス逃すものか」とばかり、執拗に問い続けたと言うのです。

8:79a「けれども、彼らが問い続けてやめなかったので、イエスは身を起こして言われた。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」そしてイエスは、もう一度身をかがめて、地面に書かれた。彼らはそれを聞くと、年長者たちから始めて、ひとりひとり出て行き、イエスがひとり残された。」

「寸鉄人を刺す」と言います。短い言葉で人の心を刺すの意味です。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」このイエス様の一言は流石に心頑なな人々の胸にも突き刺さったようです。
実際姦淫に手を染めたことはなくとも、心情欲に捕らわれ眼や耳で罪を犯したことはなかったかと良心に問えば、誰しも恥じ入るしかありませんでした。
「彼らはそれを聞くと、年長者たちから始めて、ひとりひとり出て行き、イエスがひとり残された。」またも身をかがめ地面に物を書くイエス様の姿勢、それが今度は功を奏したようです。
もし、イエス様が同じ言葉を語りその行動をじっと見ておられたら、果たしてプライドの高い彼らは自分の罪を見つめることが出来たかどうか。そう思うと、自分を貶めようとするいわば敵である律法学者、偽善のパリサイ人に対するイエス様の愛のご配慮が光っているのを感じ、私たちも嬉しくなるところです。
 そして、今日のクライマックス。イエス様と姦淫の女との会話です。

 89b11「女はそのままそこにいた。イエスは身を起こして、その女に言われた。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか。」彼女は言った。「だれもいません。」そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」」

 「女はそのままそこにいた。」自分を捕らえ連れ来たった人々は皆去っていきました。イエス様も「ここに残れ。」と言われたわけではありません。そうだとすればこの女はもはや自由、自分の足で何処へなりと行けたはずではありませんか。
 それなのに何故残っていたのか。イエス・キリストのおことばを頂くため、自らの意志で残ったと考えられます。
 「婦人よ」とのことばは、その頃女性を敬って言う呼びかけのことば。例え世間が何と言おうと、イエス様は重大な罪を犯した女性であっても、対等で大切な人格として見ておられました。
 さらに、「あなたを罪に定める者はなかったのですか。」との問いかけは、イエス様がこの人の罪を大目に見るつもりも、水に流してしまうつもりもなかったこと、罪は罪としてさばかれるべきものと考えておられたことを示しています。
 つまりこの婦人はイエス様が自分の罪を知るお方、自分の罪をさばくことの出来るお方であることをわきまえながら、キリストの元に残ることを自分から選んだのです。
 その結果、彼女は思いもしなかったであろう恵みを受け取りました。ひとつは「わたしもあなたを罪に定めない。」という罪の赦しの宣言です。
 勿論婦人に罪がなかったからではありません。イエス・キリストは彼女の中にさばかれるべき罪があることをご存知の上で、今後一切永遠にあなたを罪に定めない、さばかない、責めないと宣言しました。
 この背後には、やがて十字架の上で彼女の罪を背負い、身代わりに天の神のさばきを受けて死ぬというご覚悟があったのは言うまでもないことです。
 そして、罪に定めされることがない立場は、イエス・キリストを信じる私たちにも与えられていました。

 ローマ81「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」

 日々思いにおいて、ことばにおいて、行いにおいて罪を犯す者がイエス・キリストを信じるがゆえに決して永遠に罪に定められることがないと言う驚くべき恵み、この大いなる恵みを私たち喜び、確認したいと思います。
 第二に、彼女がイエス・キリストから与えられた恵みは罪を犯さない自由です。「行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」とのことばは、この自由を意味していました。

 ローマ61718「神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し、罪から解放されて、義の奴隷となったの
です。」

 聖書は、イエス・キリストを信じる以前、私たちは皆罪を犯さない自由をもってはいなかった、つまり罪の奴隷だったと教えています。そして、イエス・キリストを信じた時から罪を犯さない自由を頂き、義の奴隷となったと告げるのです。皆さまはこのことを自覚しているでしょうか。
 もちろん、地上にある間私たちは罪を犯します。その罪を悲しみ、神様の前に悔い改める必要がある存在です。私たちが全く罪を犯さず、完全に義の奴隷となる、神様の御心に従う者となるのは天国に行ってからのこと。地上に生きる間は、罪を犯さない自由も、神様の御心、義に従う自由も未だ不完全なものです。
 しかし、例えそうであっても、イエス・キリストを信じた者が罪を犯さない自由、神様の御心を行なう自由を与えられていることを自覚し、感謝することが非常に大切。この恵みのことを、聖書は教えてやまないのです。
 さて、こうして読み終えた今日の箇所は「姦淫の女」と呼ばれ、ドラマチックで印象的、かつ絵画的、一度読んだら目に焼き付いて忘れられないところです。けれども、様々な画家や作家がこの場面を題材、話題にしたこともあり、非常に有名なものとなったのです。
 しかし、この場面。ドラマチックで絵画的というだけでなく、汲むべき教えは非常に深いものがあります。
 一つは赦されることについてです。イエス・キリストによって赦されるとは、私たちが行い、口にし、心に思ってきた罪がどれほど酷いものであろうとも、神様は決して永遠に私たちを罪に定めず、さばかないことです。
 私たちは罪を持ったまま、この存在を丸ごと神様が受け入れてくださるので大安心を頂き、恐れなく、自由な心で罪を離れ、神様の御心を行なうことを喜ぶ者に変えられたということです。
 イエス・キリストの赦しとは、私たちの罪が完全に赦されるだけでなく、それにプラスして、罪を犯さない自由と神様の御心に従う自由のある幸いないのちが与えられること、そのいのちが私たちのうちに日々成長するよう助けてくださること。そう心に刻みたいと思います。
 ふたつめは、人を赦すことです。

 エペソ43132「無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」

 このことばは、私たちがイエス・キリストに赦されたことと、人を赦すことの間には深い関係があることを教えています。
 無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしり、悪意は「あの人のことば、態度、存在を赦せない」と感じる時、私たちの心を支配している感情や思いです。生まれつきの私たちの性質、自我は「人を赦せない、赦したくない。一緒にやって行くのは不可能」と思いがちで、それを正当化する傾向があります。
 赦すにしても「相手が先に謝るなら赦しても良い」と考える条件付きの赦し方を好む。それでも赦せばまだ良い方で、相手のあらや欠点を探し、それを見つけると喜び、そこを責める。人をさばき、過度に批判する本当に酷い罪の性質を宿しています。
 しかし、イエス・キリストはそんな罪人の私たちに心から同情し、あわれみを抱き、心の底から助けたいと思い、人を赦す自由のある新しいいのちを与えるため十字架に死んでくださったのです。

 怒り、憤り、そしり・批判的な思いや悪意、それら自分の感情や思いを満たすためではなく、自分も同じ罪を持つ者として謙遜に、心からの同情心を持って、相手の問題を取り除くようつとめる。本当に難しいこと、イエス・キリストの助けなくして不可能なことですが、私たちみなが人を赦すことに勤める者となりたく思います。

2013年8月11日日曜日

一書説教 Ⅱサムエル記―主のみこころをそこなうー Ⅱサムエル記12章7節~14節

 六十六巻からなる聖書、その一つの書を丸ごと扱い説教をする一書説教。これまで断続的に行ってきましたが、今日は十回目。旧約聖書第十の巻、第二サムエル記を扱います。
第二サムエル記といえば、全六十六巻の中でも特に読み物として整い、面白い書。ギリギリのところで事がうまく運ぶ成功譚。目を覆いたくなる失敗談。手に汗握る戦物語。ドロドロの愛憎劇。様々な物語の要素が込められた書となっています。ある日本人作家(保坂和志氏)が「あらゆる物語のパターンは、きっと旧約聖書の中にあり、その後書かれた物語は多かれ少なかれ、そのバリアント(変奏)だろう」と言っていますが、なるほど、第二サムエル記を読みますと、聖書の中にメロドラマやミステリーの要素まであったと納得するのです。
 聖書は神様のことば。私たちの神様がどのようなお方か。人間はどのような存在で、私はどのように生きるべきなのか考えながら読むことを基本にしつつ、同時に聖書を読むこと自体も楽しみたいと思います。
 毎回お勧めしていることですが、一書説教の時は、説教を聞いた後で、どうぞ扱われた書を読んで来て下さい。一書説教が進むにつれて、教会の皆で聖書を読み進めていくという恵みにあずかりたいと願っています。

 さて、第二サムエル記を確認する前に、これまでの流れを少し振り返りたいと思います。
 聖書の最初は、この世界が創られた記録からです。非常に良く創られた世界。この世界が悲惨な状態になるのは、人間が神から離れる、神を無視して生きるようになってからでした。このような人間に対して、神様がとられた基本的な方針は、神の民を通して、神から離れた人間にどのように生きるべきか教える。全世界の中から神の民を選び出し、神の民が人間のあるべき生き方、神様との関係を全世界の人に示していくというもの。この神の民に選ばれたのが、アブラハムとその子孫、イスラエル民族でした。神様は、アブラハムに、子孫がおびただしく増えることと、カナンを(地中海とヨルダン川・死海に挟まれた地方)所有地として与えることを約束されました。
 そのアブラハムの子孫、イスラエル民族が、カナンの地を所有した後、その地で王を立てることになる。それが第一サムエル記の記録でした。王が立てられるまでのイスラエル民族は、モーセやヨシュア、士師、預言者のように、宗教的指導者と政治的指導者が一体となっていました。ですので、イスラエルにおいて、王を立てるということは、宗教的指導者の役割と、政治的指導者の役割が分かれることを意味します。そしてもし、宗教的指導者と政治的指導者の意見が食い違うことが起こったら。イスラエルにおいては、王が預言者の言葉に従うべきであり、この点他の国とイスラエルにおける王の立場は、異なるものだったのです。
 ところが、初代イスラエルの王となったサウルは、この点で失敗しました。預言者サムエルの言葉よりも、自分の思いを優先。それはつまり、神様の言葉よりも、自分の考えを優先させるもの。その結果、やることなすこと裏目になるも、サウルは自分の地位に固執。権力欲の怪物のような姿を晒し、第一サムエル記の最後では、負け戦で討ち死にしたことが記録されていたわけです。
 サウルの次に王となるよう、預言者サムエルが選んでいたのがダビデ。ダビデは王になると宣言されるも、なかなか実現しない。それどころか、サウルに命を狙われ、逃亡生活をするはめになる。王どころか、難民のような状態でした。しかし、サウルが戦死した後、いよいよダビデが王となっていく。それが第二サムエル記の前半の記録となります。

 第二サムエル記2章3節~4節a
「ダビデは、自分とともにいた人々を、その家族といっしょに連れて上った。こうして彼らはヘブロンの町々に住んだ。そこへユダの人々がやって来て、ダビデに油をそそいでユダの家の王とした。」

 預言者サムエルが次の王としてダビデを選んでいることは、広く知られていました(2章9~10節、17~18節)。そしてサウルが戦死した。今や、ダビデが王となるのは規定路線かといえば、そうではなかった。イスラエル民族は十二部族の集まり。ダビデの出身部族、ユダ部族はすぐさまダビデを王として認めるも、他の部族はダビデを王とは認めず、サウルの息子、イシュ・ボシェテを次の王として立てたと言います。

 第二サムエル記2章8節~10節
「一方、サウルの将軍であったネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテをマハナイムに連れて行き、彼をギルアデ、アシュル人、イズレエル、エフライム、ベニヤミン、全イスラエルの王とした。サウルの子イシュ・ボシェテは、四十歳でイスラエルの王となり、二年間、王であった。ただ、ユダの家だけはダビデに従った。」

 なぜ預言者によって、次の王はダビデと言われていたのに、ユダ部族以外の人々はダビデを認めなかったのか。どうも、他の人々が認めなかったというよりは、ここに名前が出てくる将軍アブネルの意図したことだったようです。強大な権力を手にしたアブネルは、それを手放すことが出来ず、イシュ・ボシェテを傀儡とし、ダビデに対抗した。ユダ部族以外の人々は、それに従わざるを得なかったようです。
 こうして、サウル亡き後のイスラエルは二つに分かれ、争いが起こるも次第にダビデが優勢となります(3章1節)。イシュ・ボシェテ、アブネルの関係もうまくいかなくなり、遂にはアブネルがダビデにおもねるようになる。「自分がユダ部族以外のものたちを束ねて、ダビデに従います。」とです(3章21節)。
 ダビデからすれば、これで一件落着。ユダ部族だけの王から、全イスラエルの王となれるという場面。しかし、ここで大きな問題が起こります。ダビデのもとを訪れていたアブネルが、ダビデの家来によって殺されてしまうのです。
 白旗を上げ、講和条約を結びに来た将軍アブネル。そのアブネルが暗殺されたとなると、再度戦が始まるかもしれない。ダビデからすると、全イスラエルの王となることが遠のくかという場面。仮に、自分がダビデの立場だったとしたら。皆さまは何をするでしょうか。この問題をどのように乗り切るでしょうか。実際にダビデがどうしたのか。それは是非、第二サムエル記を読んで、確認して頂きたいと思います。
 このようにサウル死後も、すぐに全イスラエルの王になることが出来なかったダビデ。ユダ部族のみの王であった期間は七年半に及び、その間に起こった、あれやこれやの事件の記録が第二サムエル記の前半となります。

 様々な問題が解決し、状況が整い、遂には全イスラエルの王となったダビデが取り組みたかったこと二つが記されるのが、六章、七章となります。
 全イスラエルの王となったダビデが取り組みたかったこと。一つは、神様のご臨在を示す契約の箱、神の箱を都エルサレムに運びこむことでした。神様を第一、礼拝を第一に考えた王。さすがはダビデというところでしょうか(6章)。
全イスラエルの王となり、ダビデがしたかったこと。もう一つは神殿を建てることでした。
 第二サムエル7章1節~2節
「王が自分の家に住み、主が周囲の敵から守って、彼に安息を与えられたとき、王は預言者ナタンに言った。『ご覧ください。この私が杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕の中にとどまっています。』」

 自分は杉材の家に。神の箱はテントの中に。これは良くないと思い、預言者に願い出たのは、神殿を建てること。さすがはダビデと言えるでしょうか。教えられたことを実行するに留まらず、自分から神様のためにと願い出る。傑出した信仰者の姿でした。
 これに対する神様の答えが7章に記録されています。一般的にダビデ契約と言われるもので、ダビデの王座が続くという約束です。このダビデ契約の言葉は、ダビデの子、ソロモンにおいて成就するものもあれば、イエス・キリストにおいて成就するものもあります。
 それにしても、ダビデと神様の関係は、いかにも親しく、羨ましいもの。一被造物が、創造主とこのような関係を築けるとはと驚くと同時に、憧れます。私たちも、神様とのこれ程の親しさを持ちたいと願うところです。

 第一サムエル記から読み通して、ここまでダビデは大変な状況を何度も経験してきました。苦しく辛い状況。その都度、神様を信頼し、神様を第一に選ぶ生き方が見てとれました。その結果、全イスラエルの王となり、ダビデの王座は続くと約束まで頂く。苦難を乗り越えての成功譚。後は平穏無事な治世であったと言うならば、ダビデは英雄中の英雄とだけ記憶される人物となったでしょう。しかし、そうではなかった。第二サムエル記の後半は、ダビデの失敗と、その失敗が様々な人に大きな影響をもたらした場面を見ることになるのです。人間ダビデ、罪人ダビデの姿を晒すことになります。

 ことの発端は、家来たちが戦争に行っている時、ダビデが王宮で昼寝をしていた場面で起こります。
 Ⅱサムエル記11章2節
「ある夕暮れ時、ダビデは床から起き上がり、王宮の屋上を歩いていると、ひとりの女が、からだを洗っているのが屋上から見えた。その女は非常に美しかった。」

 家来が戦っている最中に、自分は王宮で寝ていた。この段階で、ダビデらしからぬ行動のように思えます。緩みきったダビデの心は、美しい女性の裸体に釘付けになる。遂には、王の権力を使ってこの女性、バテ・シェバと関係を持ちます。残念無念。王の権力を、自分の欲望のために使うダビデ。
 その結果、バテ・シェバは妊娠します。慌てたダビデは、あれやこれやと画策するもうまくいかず、ついにはバテ・シェバの夫を激戦区に送りこみ殺すように命じます。最後には、夫を失ったバテ・シェバを妻とするダビデ。目を覆いたくなるような姿です。
 Ⅱサムエル記11章27節
「喪が明けると、ダビデは人をやり、彼女を自分の家に迎え入れた。彼女は彼の妻となり、男の子を生んだ。しかし、ダビデの行なったことは主のみこころをそこなった。」

 ダビデの行いは、主のみこころをそこなった。人妻を召し抱え、その夫を激戦区に送りこむ。これはひどい悪ですが、他国の王であれば、珍しいことではなかったかもしれません。しかし、イスラエルにおいて、王であろうとも許されることではない。
 一般的に、平穏、安泰は良いこと。苦難、困難は避けるべきことと言われます。しかし、平穏、安泰が人を腐敗させ、堕落させ、不敬虔にさせることがある。苦難、困難が私たちを遜らせ、信仰を強めることがある。平穏、安泰と感じる時こそ、私たちは気を付けるべきなのかもしれません。

 このダビデに対して、その罪を告発するのは預言者の仕事でした。預言者ナタンが、ダビデを糾弾します。
 Ⅱサムエル12章7節~9節b
「ナタンはダビデに言った。「あなたがその男です。イスラエルの神、主はこう仰せられる。『わたしはあなたに油をそそいで、イスラエルの王とし、サウルの手からあなたを救い出した。さらに、あなたの主人の家を与え、あなたの主人の妻たちをあなたのふところに渡し、イスラエルとユダの家も与えた。それでも少ないというのなら、わたしはあなたにもっと多くのものを増し加えたであろう。それなのに、どうしてあなたは主のことばをさげすみ、わたしの目の前に悪を行なったのか。」

 ナタンの言葉をダビデはどのように聞いたでしょうか。無視したか。ナタンを殺そうとしたか。そうではなく、ナタンの言葉を真摯に受け止め、悔い改めたのです。
 Ⅱサムエル12章13節
「ダビデはナタンに言った。「私は主に対して罪を犯した。」ナタンはダビデに言った。「主もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった。あなたは死なない。」

 己の罪を認めるダビデに対して、預言者ナタンは即座に赦しの宣言です。権力を使い、人妻を召し抱え、その夫を殺す。これ程の悪でも、罪を認め悔い改める時、その罪は神様の前で赦される。悔い改める者には赦しを。聖書の教える福音がここでも響いているところです。神様の前で赦されたダビデ。しかし、ダビデが引き起こした事件は、様々な悲劇を引き起こすことになるのです。何が起こったのか。

 第二サムエル記13章1節
「その後のことである。ダビデの子アブシャロムに、タマルという名の美しい妹がいたが、ダビデの子アムノンは彼女を恋していた。」

 サムエル記の著者は、慎重に「その後のことである。」と記しました。つまり、この十三章以降の出来事は、ダビデが罪を犯した後のことである、とです。
 大きな悲劇の引き金となるのは、ダビデの長男アムノンが、異母姉妹であるタマルに対する恋心でした。アムノンは、タマルに対する欲情を募らせ、遂には強姦するという始末。ダビデの子どもの間で、ひどい事件が起こるのです。ダビデのした悪が、子どもに伝播した場面。しかも、この出来事に対して、ダビデはひどく怒った(13章21節)ものの、何の対処もしませんでした。何も出来なかったというべきでしょうか。

 長男アムノンと、この出来事に対して何の手も打たないダビデに対して、強い憎しみを抱いたのが、ダビデの三男でタマルの兄、アブシャロムでした。アブシャロムはこの事件が起こってから二年間待ち、何の対処もされないことを見届けると、自ら復讐に手を染めます。まずは長男アムノンに対しては、宴会に招き、そこで殺します。(アブシャロムの狙いは、この時にダビデも殺すつもりだったようですが、それは計画倒れとなります。)父ダビデに対してはクーデターを起こし、復讐を果たそうとする。アブシャロムの計画は綿密で、何年もかけてクーデターの準備をする姿が聖書に記録されています。

 そのクーデターは、初めの段階でアブシャロム側が優勢でした(15章12節)。そのため、ダビデは一時、都エルサレムから逃げ出します。逃げているダビデのもとに、一つの情報が届いたことが、聖書に記録されていました。
 Ⅱサムエル記15章31節
「ダビデは、『アヒトフェルがアブシャロムの謀反に荷担している。』という知らせを受けたが、そのとき、ダビデは言った。『主よ。どうかアヒトフェルの助言を愚かなものにしてください。』」

 急に名前が出てくるアヒトフェルという人物。この人は、非常に優秀。アヒトフェルの助言は神のことばのようであったと言われるほどの人物(16章23節)です。このアヒトフェルが、アブシャロムについたということが、ダビデには恐怖だったのです。
 ところで、このアヒトフェルという人物が、なぜアブシャロムに与したのか。是非、聖書を読んで調べて頂きたいと思います。私はここが本当に面白いと思うのですが、サムエル記の著者は、その答えが簡単には分からないように記しています。第二サムエル記を隅から隅まで読んで、やっとアヒトフェルがダビデを裏切る理由が分かるように記されている。ミステリーとして巧みな印象です。第二サムエル記を読み通して頂いて、これが理由というのを見つけた方は、どうぞ教えて下さい。

 それはそれとしまして、当初は優勢だったアブシャロムですが、クーデターは最後には失敗し、アブシャロムもアヒトフェルも死ぬことになります。自分の命を狙っているアブシャロムですが、我が子でもあるアブシャロムが死んだことを聞いた時のダビデの言葉が印象的です。
 第二サムエル記18章33節
「すると王は身震いして、門の屋上に上り、そこで泣いた。彼は泣きながら、こう言い続けた。『わが子アブシャロム。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。』」

 ダビデは自分が命を狙われている理由が分かっていたはずです。つまり、自分が犯した罪、バテ・シェバとの事件が発端となり、アムノンとタマルの事件が起こり、その結果、アブシャロムのクーデターでした。
自分の情欲を抑えることが出来ず、バテ・シェバと関係を持ったことから、その夫を殺し(夫ウリヤは優秀な戦士でした。)、娘タマルには悲劇が起こり、長男アムノン、三男アブシャロム、非常に優秀な家来アヒトフェルが死ぬことになった。(その他、アブシャロムのクーデターによる内戦で死んだ者もいました。)
神様の教えを無視する。神様のみこころをそこなうことが、いかに悲劇を生み出すのか。第二サムエル記の後半は、如実に物語っていました。

 以上、第二サムエル記を概観しました。最後に二つのことを確認して終わりにしたいと思います。
 一つは、罪、悪は避けるべきであること。主のみこころを沿う生き方の重要性です。当然のこと。言うまでもないこと。とはいえ、今日はこの点で自分の生活を振り返りたいと思います。小さな気の緩みから罪に陥り、大きな悲劇を生んだダビデの生涯を確認しました。このダビデの姿は反面教師とするように。主のみこころは何かを聖書から探ること。罪、悪には敏感になることを意識したいと思います。
 聖書に従うこと。神様の教えを実践することは、私たちを不自由にするものではありませんでした。罪を避け、聖書に従うことが、本当の幸いでした。

 今日の聖句。申命記12章28節
「気をつけて、私が命じるこれらのすべてのことばに聞き従いなさい。それは、あなたの神、主がよいと見、正しいと見られることをあなたが行ない、あなたも後の子孫も永久にしあわせになるためである。」

 自分のしたいことをすることが最上とされる世にあって、私たちクリスチャンは、聖書に従う生き方こそ本当の幸せであることを示していきたいと思います。
 とはいえ、どれ程気を付けても私たちは罪を犯す者、悪に走る者でした。自分の力だけで自分を制することが出来ないのです。そこで罪を犯した時には悔い改めること。自分が悪いと自覚した時には、神様の前で罪を認めることです。姦淫と殺人を犯したダビデが、己の罪を認めた時、瞬時に赦されたように、私たちも罪の赦しを味わいつつ、生きていくものでありたいと思います。

 罪を避けながら、それでも犯してしまう罪を悔い改めること。その重要性を改めて、第二サムエル記から確認し、皆で神の民としての歩みを進めていきたいと思います。

2013年8月4日日曜日

ヨハネの福音書(23)ヨハネ7:25~53「生ける水の川が」

皆様は、イエス・キリストを信じているけれども、信仰生活が生き生きとしていないと感じることはないでしょうか。平安、内なる力、喜びなどを感じることなく、日々生きているといった経験はないでしょうか。
例えて言うなら水の枯れた井戸、萎んだ花、坂道にさしかかるとエンストしそうな車。何とか格好だけは保っているものの本来のいのち、力に欠けた信仰生活です。
その原因は様々ですが、ひとつ考えられるのは、イエス・キリストを信じた者が頂いている聖霊について理解していないということがあげられるかと思います。今日は、聖霊のお働きについてともに考えたいと思います。
さて、時は紀元30年頃の秋、場所はユダヤの都エルサレム。仮庵の祭りで賑わう都は、突然宮に出現したイエス様についての話題で持ちきりでした。何しろ、男だけでも五千人の群集を二匹の魚と五つのパンを一瞬で増やし、全員を満腹させたという大奇跡の評判は都人の耳にも入っていましたし、宮で語る教えも正規の学問を修めていないものとは到底思えないほど的確で権威があったからです。
一方、そんなイエス様を妬み、亡き者にしようとする宗教指導者がいることを人々は知っていましたから、まさにこの時都はイエス様を巡って騒然としていました。

7:2531「そこで、エルサレムのある人たちが言った。「この人は、彼らが殺そうとしている人ではないか。見なさい。この人は公然と語っているのに、彼らはこの人に何も言わない。議員たちは、この人がキリストであることを、ほんとうに知ったのだろうか。けれども、私たちはこの人がどこから来たのか知っている。しかし、キリストが来られるとき、それが、どこからか知っている者はだれもいないのだ。」
イエスは、宮で教えておられるとき、大声をあげて言われた。「あなたがたはわたしを知っており、また、わたしがどこから来たかも知っています。しかし、わたしは自分で来たのではありません。わたしを遣わした方は真実です。あなたがたは、その方を知らないのです。わたしはその方を知っています。なぜなら、わたしはその方から出たのであり、その方がわたしを遣わしたからです。」
そこで人々はイエスを捕えようとしたが、しかし、だれもイエスに手をかけた者はなかった。イエスの時が、まだ来ていなかったからである。群衆のうちの多くの者がイエスを信じて言った。「キリストが来られても、この方がしているよりも多くのしるしを行なわれるだろうか。」

その頃ユダヤでは、キリストつまり救い主は突然現れるものという説を信じる人々がいたとされます。そうした人々はエリートの議員たちが公然と語るイエス様を止めようとしないのを見て、不思議に思ったのでしょう。「私たちはこの男がナザレ村から来た田舎者であることを知っている。本物のキリストなら出身地など分からないはずだから、この男は本物ではない」と断定しました。
それに対してイエス様は、「あなたがたはわたしの出身地を知っているかもしれない。しかし、わたしが天の父から地上に遣わされた救い主キリストであることを知っていますか」と答えたのです。
それを聞いて、この男はとんでもないことを言うとイエス様を捕えようとする人々あり。他方、こんなにも多くのしるし、奇跡を行われたのだから、この方が救い主ではないかと思う多くの人々あり。否定派肯定派、真っ二つに分かれました。
ところで、この様子を耳にした宗教指導者パリサイ人祭司たち。彼らは「イエスは救い主」と考える人が多数であることに危機感を抱き、ついに役人を遣わしてイエス逮捕を決行します。

7:3236「パリサイ人は、群衆がイエスについてこのようなことをひそひそと話しているのを耳にした。それで祭司長、パリサイ人たちは、イエスを捕えようとして、役人たちを遣わした。
そこでイエスは言われた。「まだしばらくの間、わたしはあなたがたといっしょにいて、それから、わたしを遣わした方のもとに行きます。あなたがたはわたしを捜すが、見つからないでしょう。また、わたしがいる所に、あなたがたは来ることができません。」
そこで、ユダヤ人たちは互いに言った。「私たちには、見つからないという。それならあの人はどこへ行こうとしているのか。まさかギリシヤ人の中に離散している人々のところへ行って、ギリシヤ人を教えるつもりではあるまい。『あなたがたはわたしを捜すが、見つからない。』また『わたしのいる所にあなたがたは来ることができない。』とあの人が言ったこのことばは、どういう意味だろうか。」

しかし、そんな宗教指導者の魂胆などイエス様が気づかぬはずはありません。それなのに身に迫る死の危険を知りながら、イエス様は「まだしばらくの間、わたしはあなたがたといっしょにいて、それから、わたしを遣わした方のもとに行きます。あなたがたはわたしを捜すが、見つからないでしょう」と、人々に語られたのです。
勿論これはイエス様が罪人のために十字架に死ぬこと、復活して天に昇り、父なる神様の元に帰ることを意味していました。
しかし、イエス様の尊い覚悟のことばも不信仰な者には「猫に小判」。さっぱり意味の分からない人々は、「まさかギリシヤ人の中に離散している人々のところへ行って、ギリシヤ人を教えるつもりではあるまい」と頓珍漢な想像をする始末だったのです。
けれども、これがやがてイエス様の弟子たちが、ギリシャを始めとする世界に広く福音を伝えることを知らずして預言していたとは、本当に面白いことでした。
さて、次は今日のクライマックス。祭りの終わりの日、神殿にすくっと立たれたイエス様があらん限りの大声で語られたことばを聞きたいと思います。
7:3739「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。」

ここで言う祭りとは、先にも言ったとおり秋のお祭り、仮庵の祭りです。仮庵の祭りはユダヤの人々にとって収穫祭であり、昔先祖たちが約束の地を目指した時、日毎に仮庵、テントを作って旅から旅を続けた生活を神様が守ってくださったことを記念するお祭りでもありました。
そして、このお祭りのハイライトは最終日でした。その日祭司たちがシロアムの池から水を運び、神殿の祭壇にふりかける行事が行われたのです。これも、荒野の旅で喉の渇きに苦しむ人々のため、モーセが打った岩から水が出てきたので皆が癒されたという神様の恵みを記念する行事でした。
その出来事を背景として、「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる」とイエス様は約束されたのです。
「あなた方の先祖が飲んだ水は体を潤す水。飲めばまた渇く水。しかし、わたしを信じる者に私が与える水はその人の魂を永遠に潤し生かすいのちの水」。この水はイエス様を信じるものが後になって受ける御霊のこととする説明も含め、この箇所は後でもう一度考えたいところです。
さて、これを聞いた群集たちの反応はまちまちでした。

7:4044「このことばを聞いて、群衆のうちのある者は、「あの方は、確かにあの預言者なのだ。」と言い、またある者は、「この方はキリストだ。」と言った。またある者は言った。「まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。キリストはダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から出る、と聖書が言っているではないか。」そこで、群衆の間にイエスのことで分裂が起こった。その中にはイエスを捕えたいと思った者もいたが、イエスに手をかけた者はなかった。」

イエス様を預言者とする者、キリストと信じる者、「まさかガリラヤからキリストはでまい」と否定する者。中には、イエス様を捕えたいと思う者もいたと言う。分裂でした。敵は群集の中にもあり。いよいよイエス様の身は危うしという状況です。
そして、最後に登場するのは、イエス様の存在を妬み憎む宗教指導者たちでした。
7:4553「それから役人たちは祭司長、パリサイ人たちのもとに帰って来た。彼らは役人たちに言った。「なぜあの人を連れて来なかったのか。」役人たちは答えた。「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」
すると、パリサイ人が答えた。「おまえたちも惑わされているのか。議員とかパリサイ人のうちで、だれかイエスを信じた者があったか。だが、律法を知らないこの群衆は、のろわれている。」
彼らのうちのひとりで、イエスのもとに来たことのあるニコデモが彼らに言った。「私たちの律法では、まずその人から直接聞き、その人が何をしているのか知ったうえでなければ、判決を下さないのではないか。」彼らは答えて言った。「あなたもガリラヤの出身なのか。調べてみなさい。ガリラヤから預言者は起こらない。」そして人々はそれぞれ家に帰った。」

イエス様を捕まえるために遣わしたはずの役人が、イエス様を尊敬して帰ってくるとは思いもよらなかったのでしょう。パリサイ人、祭司長らは「おまえたちも惑わされているのか。議員とかパリサイ人のうちで、だれかイエスを信じた者があったか。だが、律法を知らないこの群衆は、のろわれている」と怒りに声を震わせました。
自分と考えの違う者を「惑わされている」とか「のろわれている」とか、徹底的に見下し批判する。これは高慢なエリートの特徴です。
しかし、そんな嫌らしいエリートの中に、「まずその人から直接聞き、その人が何をしているのか知ったうえで判決を下すのが筋ではないですか」と、脇の手からイエス様に助け舟を出した人がいました。以前イエス様を尋ねて以来、口にこそ出さねど心でイエスをキリストと信じていたニコデモです。
同僚たちが怒り狂う中、この時ニコデモが勇気を奮い語ったであろう意見は却下されました。しかし、十字架に死なれたイエス様の遺体を「自分の墓に納めさせてください」と願い出たニコデモの姿をやがて私たちは見ることになります。いわば隠れクリスチャンだったニコデモが献身的行動によってイエス様への愛と信仰を示すのです。
群集が様々な考えに分裂し、宗教指導者が怒って興奮する中、少なくともこのニコデモは「誰でも渇いているなら、わたしのもとに来なさい」というあのイエス様のみ声を心に深く受けとめていたのではと思われます。
こうして読み終えたヨハネの福音書の七章。私たち振り返り、考えてみたいのは聖霊について約束されたイエス様のことばです。もう一度、お読みします。

7:3739「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。」
生涯にわたって、イエス様の活力の源となったのはその心に宿る聖霊と聖書は教えています。そうだとすれば、イエス様はご自分にとって宝物のような聖霊を私たちに与えるため、十字架に死に復活し天に昇られたことになります。イエス様が父なる神様の元に帰り天で栄光を受けたのは私たちを離れるためでなく、私たちに聖霊という身近な助け主を与えてくださるためだったのです。
この大切な助け主を本当に私たちの心に届けるために、それを言ったら身の危険が迫ることをよくよく承知の上で、イエス様は人々の前に立ち大声を出し、まさに命がけでこの真理を教えてくださいました。イエス・キリストを信じる者の心に宿る聖霊はどのようなお働きをされるのか。今日の聖句をともに読んでみましょう。

ローマ815,16「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。私たちが神の子であることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。」

「アバ」とはユダヤの小さな子どもが自分の父親に甘える時のことば、幼児語です。聖霊はキリストを信じる者が神の子であることを教えてくださるお方。私たちがこの世界を創造した全能の神様を「天のお父さん」と呼んで、心から信頼し甘えてよいと教えてくださるお方。このような聖霊を心に頂いていることを皆様は自覚しているでしょうか。喜んでいるでしょうか。
ところで、聖書は私たちが受けたのは「人を再び恐怖に陥れるような奴隷の霊ではなく、子としてくださる御霊」と説明しています。奴隷と子では何が違うのでしょうか。
奴隷はどんなに良い奴隷であっても、その働きによってのみ主人に評価される存在です。ですから「自分の働きが悪ければ、少しでも失敗や落ち度があれば、主人に首にされるかもしれない」と恐れながら主人に仕えることになります。あるいは、主人の手前良い奴隷でいようと考えて働きますから心に喜び無く、その行動は表面的偽善的なものとなります。
神様に背いた人間は、生まれながら奴隷の霊奴隷の心を持っていますから、神様との関係も人との関係も、主人と奴隷のような関係になりがちです。しかし、神の子は違います。神様と私たちはお父さんと子ども、愛の関係で結ばれていますから、私たちはその働きの良し悪しや成果のあるなしに関わらず、大切でかけがえの無い存在であることが保証されているのです。
このような父子の関係にあるからこそ、私たちは自分の能力の足りなさや失敗を恐れることなく、心から安心して、自由を感じながら、喜んで神様に仕え、その御心に従う道を選ぶことができるのです。このような生き方へと導いてくださる聖霊を心に頂いていることを自覚し、日々神様に愛されている子として歩む者でありたいと思います。